入院中の母へ、母の日にプレゼントで手紙を送った!

介護

こんにちは

敬老の日も過ぎ、秋がぐっと近くなったのを日々感じている

のんき夫婦です。

 

今回は母の日に送った写真についての話です。

 

両親の結婚式の写真を見ることなどそうそうないでしょうか。

(のんき夫婦ともに、両家とも結婚式の写真を飾るというような実家ではなかったです。)

そういった中で、結婚式の写真を見る機会といえば、

話が盛り上がり
母親が何かのおりに写真を出してきて見たりする時ぐらいでした。

父が数年前に亡くなり、私たちも母が病気で入院中だと写真を出してくることもないので、
母親の結婚式の写真を見ることなどそうそうないです。
父は亡くなったので無口です。生きてる時も無口で結婚式の話なんかしたことがないような父でした。
おそらく写真まで出して話した記憶はないです。

 

そんな母親の結婚式の写真。

約40年前の写真
背景は淡い感じの褐色

父はタキシード。なぜか素足にローファー。
この時代から石田純一さんの影響はすごかったのか。。。
そして表情はめちゃくちゃ澄ましている父親。昭和のスターのよう。

その反面母親のドレスは中世のドレスよろしく!見たいな
どういう注文したらこれが出てくるんだろう?
特別な注文でもしない限りこんなドレスはないだろうというようなドレス。
そして澄ましている父親の横で無垢なじゃりん子チエのような笑顔。

この母親の表情の影響で、

幼い頃にTVアニメで見ていたじゃりン子チエの顔とリンクし、
私の中では母親はじゃりん子チエのような顔という印象が固まりました。

父親の写真はほぼありません。
随分若い頃の写真を見ても町内会での写真か町内会旅行、社員旅行の集合写真ぐらいしかない
写真を撮る係だったこともあるが、どうやら写真に写るのが苦手だったらしい。父の祖父母も、父が亡くなった時に、「写真がないのよね」とこぼすほどでした。

私は20才ぐらいの時に叔父からフィルムの一眼レフカメラを譲り受け、
近所のじいさんやばあさん、おじさんをパシャパシャ撮りまくっていた時期があります。
しかし飽きっぽい私のマイブームは、すぐに去りました。
数年後、近所のおじさんが亡くなった時、「その中の一枚を遺影にしたんだよ」と、亡くなったおじさんの家族から教えてもらったことがあります。
近所の人が撮った写真を遺影にするなんて、
そのおじさんも父親と一緒で写真を撮る役で写真がなかったのかなと、頭をよぎりました。

その頃は、私の中で父親は被写体として考えていませんでした。
今思えば父親の写真をもう少し残せるように撮って置けばよかったと思うことがたびたびあります。

なんせ父親は50代半ばで亡くなったのに、あまりにも写真がなく
結婚式を挙げた30代ぐらいの写真を遺影に使われる
羽目になっています。母もどこか冗談みたいな顔でこの遺影の写真を選んでいたように思う。
そんなことを知らない人が、家に来た時に「若くして」なんて言われるけど、平均寿命よりは若いけど、十分しっかりとしたおっさんで亡くなっているので、毎回おもしろい。

 

 

すでに私も、その遺影の年になり、不思議な感じがする。

父親にも、結婚式をし30代や40代があったようだ。

当たり前だけど、どこかそんなことを忘れてしまう。当たり前の事。

 

もう父親の写真は撮れないし、母親の元気な写真も撮れない。

現在母は療養病院に入院中。

元気な写真じゃなくても、生きている時の写真を撮ろうと思う。

 

コロナで面会ができない中、

今回は、冗談みたいな

母親の結婚式の写真を手紙に貼って

母へのメッセージを添えて送りつけよう!

会えないけど笑って見てくれたらいいなと思いながら。

 

ふと

父は自分が撮るからこそ、家族が自然体の良い表情を撮れることも、

父はわかっていたのだろう。

私もいつの間にか、家族の写真を撮る役になっている。

 

 

後日面会ができるようになり、結婚式の写真の手紙の話をしたら、

母は笑顔で笑っていた。

どうやら長い入院生活の中で、笑える機会を作れたようだ!

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